最高裁判所第一小法廷 昭和61年(あ)520号 決定 1986年7月08日
本籍
東京都渋谷区東四丁目二七番地
住居
静岡県熱海市春日町一三番二〇号
団体役員
田栗敏男
大正三年四月二二日生
右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和六一年三月三一日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人木幡尊の上告趣意は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎)
○ 上告趣意書
法人税法違反 被告人 田栗敏男
頭書被告事件につき、弁護人の上告理由書を左記の通り提出致します。
昭和六一年六月一八日
右弁護人 木幡尊
最高裁判所第一小法廷 御中
記
本件は公訴事実に概括的には争いがない。従って量刑に関する事案でありますが、被告人に対し懲役一年の実刑を科した第一審判決及び同判決の量刑を支持した第二審判決には刑事訴訟法第四一一条第二号に規定する「刑の量定が甚だしく不当である」場合に該当し、原判決を破棄しなければ、著しく正義に反する場合に該当するものである。以下その理由について申上げる。
第一 被告人は捜査当初来取調官に真実を申上げ、反省の情が極めて顕著であり、時には刑責を軽減せんとする共犯者等の被告人を悪くするための供述により、取調官の不当先入観からの取調べにも、当時被告人が高血圧のため、只々諾々と事実に反する共犯者の供述に対応する供述も余儀なくされているが、いずれにしても自からが悪かった事である、と殊更弁解することもなく、ひたすら反省して居ります。
第二 被告人は本件犯行について、簡単に共犯者が金員をASJに寄贈する、と言う事から引受けたものであり、それが法人税法違反となり、本件に至る等の事は当時考えもしなかった事が認められ、本件犯行への加功は共犯者に対し受動的である。
共犯者等は不動産取引きの当初から数々の策を弄して本件に至ったもので、その手段として被告人を本件に誘い込んだものである、然し、結果として共犯両名は第一審に於て執行猶予の御判決を得て居るのに、受動的で言はば従犯的立場にある被告人丈が実刑判決と言うのでは、刑の権衡上からも原判決は不当である、と言うべきである。
第三 原審判決は、被告人が本件発覚過程に於て尚共犯者から金員を徴したのは悪質である、趣旨の判示をするが、この認定には、共犯者等の自己の刑責を軽くせんとの供述が、その根幹となっているものと思はれるが、右経緯等の共犯者等の説明は必ずしも真実でなく、それについては控訴審に於ける本弁護人の控訴趣意書に於ても述べた通りである。
被告人としては、ASJが課税される以上、その支払いに要する金が必要であり、且つ税のASJとしての申告等を躊躇したのは、そんな事をして良いのかどうか、すでに専門家に研究を依頼し、その結果も出かかっていたからであり、他意はなかったものである。それが成可く速やかに本件を当初の目論見通り誤摩化したい、とあせっていた共犯者等から見れば、被告人が金員を要求してじらしている如く感違いしたものと思はれる。
むしろ、被告人はこの段階では、真実に沿った事実により本件の解決を測っていたもので、反省の情が現はれていた、とも思はれる。
第四 被告人は本件から得た利益を、すべて共犯者に返還すべく、第一審判決時迄は、右返還額に相当する不動産に抵当権を設定登記している。(売却が早急に不可能なため)更に控訴審に於ては返還金の数倍の価値を有する不動産の所有権を実質的に共犯者城所に移転して居り、共犯者に対する返還は確実である。
従って被告人は本件により得た利益は完全になくなり、本件実刑判決丈が残ったものである。
第五 被告人の本件犯行が執行猶予中の事案であることは原判決指摘の通りであり、原判決の説示も、この点に関する限り肯首出来ないものでもない。
然し、原審に於ける控訴趣意書に於て本弁護人が述べた様に、被告人は本件につき受動的で、それ程重大問題とも思はず金員をASJに寄付する、と言う共犯者の申出に従って了つたもので、実質的工作はすべて共犯者がしたものであるから、左程の悪心がなくて加功に及んだ点もお認頂きたい、と思います。
いずれにしても前刑に係る罪とは罪質も事なり、本件は再犯等考えられない事案でもあり、只執行猶予中の事案である、と言う丈で本件の他の情状及び共犯者との刑の権衡等を無視して実刑判決を言渡さなければならない場合とは考えられない。
第六 被告人は現在老令病弱の身であり、本件により実刑判決を受ければ、服役後迄生命を持続出来るか否かさえ疑問に思はれる情態にあり、反省している被告人に対し敢えて実刑判決を科するは只々被告人に過酷を強いるのみであって、行刑の目的たる服役者の更生、社会復帰から見ても意味がない様に思われます。
以上諸般の情状等御斟酌頂き、原審判決破棄の上執行猶予の御判決あらんことをお願い申上げます。